漁法や海域に合わせた一点もののものづくり
漁網の修理や仕立てといえば既製品の調整を思い浮かべがちだが、株式会社海網工業が手がけるのは完全なオーダーメイドの作業だ。漁師ごとに異なる漁法、操業する海域の潮流や水深、船の構造まで細かく聞き取ったうえで、一つひとつの網を仕上げていく。画一的な製品では対応しきれない現場の事情を汲み取り、実際に使う場面を想定した製品に落とし込む工程は、量産とは対極にある手仕事そのものだ。北海道枝幸郡枝幸町という漁業の最前線に拠点を構えているからこそ、海の過酷さを肌で知る職人たちがこの精度を維持できている。
「自分の船にぴったり合う網をつくってもらえた」という声が漁師の間で口伝えに広まり、リピートの依頼が絶えないという。ある漁師からは、以前使っていた網と比べて操業中の引っかかりが減り、作業時間が目に見えて短くなったとの報告もあったそうだ。こうした現場のフィードバックが次の製作に反映される循環が、海網工業の仕事を支えている。個人的には、ここまで一件一件に手間をかけるスタイルが今も成立している事実に驚かされた。
失われかけた技術を現代の素材で蘇らせる
漁業界では熟練の職人が引退し、「昔ながらの網をつくれる人間がいなくなった」という切実な声が各地で上がっている。海網工業はこの問題に正面から取り組み、かつての製法を現代の材料と加工技術で再構築する試みを続けてきた。ベテラン職人の手の動きや素材の選び方を記録・分析し、若手が再現できる形にまで落とし込んでいる。伝統的な漁法を守りたい漁師にとって、この取り組みは操業を継続するうえで欠かせない存在になりつつある。
技術継承の仕組みとして、単に作業手順を教えるだけでなく、漁業の地域ごとの文化的背景や海の特性まで含めた教育プログラムを運営している。若手技術者が現場に出る前に、なぜその網がその形状である必要があるのかを理解できる状態を目指しているのだという。「ただ編めるだけではなく、理由を知っている職人を育てたい」という方針が、次世代の担い手づくりの根幹にある。
漁網だけにとどまらない技術の守備範囲
海網工業の業務は網の修理・仕立てだけではない。漁具に関連する鉄工作業、さらには車両へのラプターライナー塗装や防錆加工といった領域にまで及んでいる。いずれも海水や潮風にさらされる過酷な環境で使われる道具や車両を対象にしており、耐久性への要求水準は陸上の現場とは比較にならないほど高い。漁業にまつわる設備の悩みをまとめて相談できる窓口として、漁師たちの間では重宝されている存在だ。
たとえば防錆加工では、塩害で数年ごとに車両を買い替えていた漁師が、施工後に使用年数を大幅に延ばせたという事例がある。鉄工作業についても、既製品では合わない漁具の部品をワンオフで製作する依頼が少なくないそうだ。季節ごとの繁忙期には急なトラブル対応も発生するが、漁業の時間軸を熟知しているからこそ、緊急案件にも現実的なスケジュールで応じられると感じる利用者も多い。
SNSや動画で漁業の現場を外に開く
株式会社海網工業はSNSや動画といったデジタルメディアを通じ、漁業の現場で何が起きているのかを積極的に発信している。普段は一般の目に触れにくい職人の手仕事や、漁師たちの日常の一コマを映像で見せることで、「漁業ってかっこいい」という感覚を若い世代にも届けようとしている。業界全体の人材不足が深刻化するなか、こうした情報発信は採用面でも間接的な効果を生んでいるようだ。
発信する内容は技術の紹介にとどまらず、漁師の人柄や地域の暮らしぶりにも焦点を当てている。漁業に縁のなかった視聴者から「こんな仕事があるとは知らなかった」というコメントが寄せられることもあるという。枝幸町という小さな町から全国へ向けて情報を出し続ける姿勢は、地方の産業が外部とつながる一つの回路になっている。


